朝ドラ「虎に翼」で主人公の父親が逮捕された共亜事件。
この元ネタとされているのが、1934年(昭和9年)に起こった帝人事件でした。
どのような事件であったのか、見ていこうと思います!🔥
※マンガの後に補足・解説を載せています♪
●関直彦・岡本一巳、議会で帝人事件を取り上げる
1月22日の時事新報には、
「本社が抑えがたい正義感から敢然として和製タマニー「番町会」に筆誅を加えるや、議会再開を控えて政界、財界各方面にほとんど名状しがたいほどのセンセイションをまき起こし、寄ると触わると今更のように「番町会」のあくなき魔手について語り合い、驚愕をともにすると云う有様」となった、特に「商工大臣中島久万吉男が、この「番町会」に重要な役割を持つ事実は軽々に看過ごしがたい」との意見が台頭してきた、その意見を総合すると、「問題となっている例の台湾銀行保有の帝国人絹株…を時価よりも安く肩替わりさせたことについては、…合法的なやり方で法律的犯罪は構成しないと云うかも知れないが、この非常時局打開を使命とする内閣のイスに在る閣僚がこれに関係していることは、非常時局のかげにかくれて行われた重大な綱紀紊乱である。よって徹底的に議会で糺弾しなければならぬ」というもので、23日に再開される議会で中島商工大臣に対する追及は痛烈なものになる事が予想され、問題は「政治的に重大化せんとする形勢である」と記されています。
しかし、23日に議会が再開されたものの、なかなか議会でこの事件が取り上げられることはありませんでした。
ようやく2月2日になって議会で最初に帝人事件について取り上げたのは、貴族院議員の関直彦でした。
その発言を要約すると次のようになります。
…台湾銀行が帝国人絹会社の株を不当に売却したという事について述べたいと思います。鈴木商店への貸し付けの為に倒産の危機にあったのを、国庫から補償したさいに、担保となったのが帝人株です。この株価がが上がってきた時に売れば、(返済に充てられるので)国庫の損失を減少させることが出来ます。しかし今回は「誠に面白くないやり方」をやった。今は人絹株が非常な活況を呈して、帝人株は、年に15%もの配当を出すまでになっている。今は株価が200円に上がろうとしており、台湾銀行が売却する少し前は195円でした。これが経済変動と、関係者が安く売り叩いたために、一時125円まで下がりました。この時に売ったのは、「誠に失当な処置」と言わなければならない。1株につき70円の安値という事は、売却した11万株合計で77万円は損失になっている。極度に下った時に売るというのは、何らかの秘密があるのではないかと思わざるを得ない。買う側と売る側の中間に立って斡旋をした3人は不当の「コンミッション」を得て、1株につき買う側、売る側から1円ずつの「コンミッション」を取り、それだけでなく、配当を得てから買う側に株を渡している。合計すると、仲介者は63万2500円の「コンミッション」をせしめている。また、この利益は3人だけが得たと思えず、台湾銀行の総裁は関係しているでしょうし、政府の高官に口添えを頼んだという事も世間には伝わっております。仲介者の利益がどこに渡ったか、私は直接これを見たわけではないのでわかりませぬが、政府は大蔵省なり政府の機関を使えば必ずわかる事であります。どうか、十分に調査をされて、正確な報告をお待ちしたい。そうして、監督不行き届きや臭いことがわかったならば、政府の手でこれを正されるのがよろしいと思います。…
発言の途中には当局はよくご調査を願いたい、1月25日発刊の時事新報は御参考になるでしょう、と言っていますので、関直彦の発言は時事新報に影響されていたことは間違いないでしょう。
これに対し、2月5日の貴族院で、政府委員・銀行局長の大久保偵次は次のように答弁しました。
…台湾銀行が帝人株を所有するに至ったのは、債務弁済の為に引き受けた結果でございまして、台湾銀行法第11条に該当します。また、株式の売却については、法律上別段制限はなく、台湾銀行が自由に処分できることになっております。昭和2年に台湾銀行調査会というものができまして、台湾銀行の債務整理のためにたてた方針には、巨額の債務を速やかに返済すること、そのために株式をなるべく早く資金化すること、そうして債務に返済に充てること、とありました。株式の処分については、監督官庁の認可が必要な事項ではありませんから、台湾銀行の判断で進めることになっていました。売却の時期についてはもちろん時期・方法を選ぶ必要がある事は当然でありまして、銀行は慎重に考慮を重ねていたのでございます。人絹株は昭和7年の下半期に至って人絹工業が非常に好転し、人絹の糸値が200円以上に上がったのに連動して、帝人株は12月に最高159円となりました、速記録(関直彦の発言)には195円となっていますが、我々の調べでは159円でございます。台湾銀行は、これを機会ととらえて適当の買い手を物色し始めたのですが、適当な買い手を見つけられなかったのでございます。そうしているところ、昨年1月に入って、糸値は200円台を割るようになり、国際連盟における我が国の対外情勢の悪化を受けて、急転直下暴落をいたしまして、120円台となり、2月に入って100円台を割り、最低95円という大波乱を示しております。帝人株も最低104円、これも速記録では125円となっていますが104円でございます。さらに3月に入ってインドの関税引き上げ実施、アメリカの金融恐慌などの影響もあって、前途多難であることを考えるようになったのであります。4月の上旬になって帝人株の売却の相談が始まりましたが、この時、5月の決算期の配当が15%になると伝えられたにもかかわらず、株価は112円あたりに低落していました。銀行としては、国際関係・アメリカの金融恐慌の鎮静を待って、業界がいくらか落ち着きを見せた時に、株価120円以上で処分するという方針を定めました。銀行が10万株を125円で売却することを決めたのは5月18日のことで、30日に売却契約が成立しました。この時株価は122円となっていました。売買成立後、株の値段は高騰いたしまして、6月中には最高148円、最低132.5円、7月中には最高151円、最低121円と変化しました。株式を大量に売った後に高騰を見せるというのは往々にみられる現象でありまして、例えば、昨年10月に東洋レーヨンは10万株を売却しましたが、その時42.5円であったのに、2日で62円、半月後に79円となりました。また、株式売却にあたって、一般に売り出す方法を取らなかったことも問題になっていますが、銀行としては次のように考えております。絶対過半数の株式を所有している場合には、株式の処分について、①実力ある資本家が真面目な投資を目的としている、②事業について良く了解し、今までの経営を尊重している、③一部株主が独占する状況にならないようにする、④支払いは必ず現金即時決済という方法を取る、このように考えておりましたので、円満な取引を実現するためには、一般売り出しの方法を取るよりは、むしろ今回取った方法のほうが適当であったと考えております。…
2月7日には同じく貴族院で菊池武夫議員が帝人事件に触れて中島久万吉商工大臣を厳しく追及し、司法が動くべきだと発言しました。
…台銀問題で、確かに司法権を発動する余地があると確信いたします。3円75銭に当たる配当を手に入れるために、先月にするか、今月にするかの日付のやり繰りをしている。そこに色々なことがあって、背任罪、あるいは文書偽造、先だって関さんがおっしゃる通りのようなことが現実あれば、聞いた分でも発動があって然るべきである。
2月8日、岡本一巳議員(政友会)は「台湾銀行の所有株式売却に関する質問」を行ない、衆議院で初めて帝人事件について取り上げます。
内容は要約すると次のような物でした。
…政府は台湾銀行を救うために日本銀行に資金を融通させた。この後、日本銀行は台湾銀行の負債状況を政府に報告することとなった。政府は台湾銀行の内情について詳しく分かるようになったのだから、国庫・日本銀行に損失が無いようにしながら、台湾銀行にはなるべく多くの利益が受けられるように指示をすべきであった。しかし、台湾銀行は昭和8年6月上旬に帝人株10万株を公売の方法を取らずに売却したので世論は非難囂々となっている。世の人々は、帝人株が高騰するとわかっていながら、売却したことを不可解としている。しかも、その売却価格は当時の取引価格に対し、驚くほどの低額でもって行われた。常識では考えられないことである。世間では、政府大臣が斡旋し、政商と結託して私腹を肥やそうとしたのだという意見が飛び交っている。台湾銀行を監督する立場にあった政府は、果たして手抜かりなく監督したといえるか、これを問いただしたい。
私は今から、天下の耳目を集中致しておりまする一大疑獄事件について質問を進めようとしているのですが、大臣席を見ると1人の大臣の姿も見えない。大臣がいないままに質問を進めるのは意義を欠くと考えますので、綱紀に関する事項であるので総理大臣と、事件にかかわる事項を担当する大蔵大臣、治安維持を担当する司法大臣、台湾銀行の株式売却斡旋にあたったとされる商工大臣、以上の大臣の出席を、議長が取り計らうように願います。
[議長は総理大臣・商工大臣に出席を促す手続きを取ったが、2人は議会にいないとのことであった]
いったい政府は何を考えているのでありましょうか、議会開会中に議会内に姿を見せない、こういう態度をとるということは、議院政治にとって、はなはだけしからぬことと思いますので、大臣が出席するまで待ちたいと思います。
[「2時間でも3時間でも待ちたまえ」「休憩せよ」「休憩の必要無し」「国務大臣が1人もいないなんてそんな馬鹿な話があるか」と発言するものあり]
[43分にわたって休憩するも、大臣は姿を見せず]
審議中に関わらず議会の外にいて出席できないというのは、まったく議会を侮辱し、国政に対しての誠意を疑わざるを得ないのであります。このような政府であればこそ、いたるところで綱紀がゆるみ、いたるところで国民の目を盗んで不正の行為が行われるのは、当然の結果であると思うのです。
綱紀が乱れては国家は健全な発達を遂げることは無い。パリで内乱に等しい大暴動が起こっているが、この原因は政府の高官が政商と結託して不正を働いたのに、下院がこれを取り上げなかったので、民衆は怒りあのような大暴動となったのであります(拍手)。(1月23日に)本議会が開かれてから、いまだにこの問題に触れられていないのは、パリの暴動のことを考えると、遺憾に思わざるを得ないのであります(拍手)。台湾銀行が昭和2年、全国民を戦慄させたあの金融「パニック」は、今日もいまだに国民に多大な負債を課している。台湾銀行はそれまでに色々なところに金を貸していましたから、その保証として相当多数の株式を保持していることは当然であります。大蔵省は、株式の売却については、法律の制限を受けることなく、銀行が自由に処分できると言っている。法律上ではそうであるかもしれない、しかし、台湾銀行は3億余の負担を国民にかけ、国家に対し返済するべきであり、返済資金となる株式を何の制限を受けることなく処分できると言うのは、私としては国が監督権を放棄して、銀行と一体となっていると称せざるを得ないのであります(拍手)。
[発言の途中で「岡本君、商工大臣は辞職したそうだ」との声が飛び、これに対し「商工大臣は辞職しても国家の問題だ、やれ、やれ」との声があがった]
株式の処分の時期、方法を選ぶことは当然であるが、果たして帝人株式の処分が好い時期を選んだものなのかどうか、お尋ねしたい。私たちが未熟なる経済眼をもってしても、帝人株式が非常なる勢いをもってその値が高値に向かうことは、昨年の4・5月頃に十分に予見する事ができる材料が存在していたのであります。昨年我が国の人絹の世界における地位は5・6位であったものが、今年は2位となり、アメリカに近づこうとしておりますし、昭和7年下半期の帝人の利益率は34.6%であたのが、8年の上半期になると47.7%に達しており、その増進ぶりは驚くべきものがありました。こういう営業状態であったので、帝人の株価は時に安かったこともありますが、上がり続けていました。7年の最高は159円、最低が82.4円。8年の1~5月の最高が158.3円。最低が102.5円。5月29日~6月3日の、今回の売買が行われた時期は、最高が145円、最低は132円でした。売買後はどうなったかと申しますと、6月5日~6月10日の、おそらく金銭の授受が行われた時には、最高145円、最低139.5円、これは配当後になりますので、3.75円を加えなければなりません。大蔵当局が示した株の取引き値段ですが、私がいま読み上げたものと比べ、はるかに安値の方を低く示されている。このように徐々に株価は上がってきているのであって、大蔵省の言うように、時期・方法が適当であったというのは、断じて詭弁であると思わざるを得ないのであります(拍手)。大蔵当局は株の高騰することは当時は予期し得ざることであった、と断定されていますが、まるきり嘘でございましょう、騰るべき趨勢を示している内容を会社が持っておりますが故に、当然騰ってきたのであります。
私が色々な方面において事実を掴まんとして足を運びました時、こういう図解を書いて私に渡した人がある、それはこういう図解でありました。台湾銀行総裁島田茂、第六高等学校出身、秘書岡崎旭、第六高等学校出身、番町会永野護、第六高等学校出身、山一證券太田某、第六高等学校出身、三土鉄相(政友会)の秘書官米田規矩馬君(政友会)、第六高等学校出身、鳩山文相(政友会)の秘書官林譲治君(政友会)、第六高等学校出身、これを横に書きまして、さらに縦に、岡山財閥という名前を上に冠しまして、黒田大蔵次官、島田台湾銀行頭取、さらにこれにクロスいたしまして番町会、これで分かるだろうとその人は言ったのであります。この説明によりますと、第六高等学校出身の一団が、この問題で活躍した人々であり、番町会はこれと交錯して、それまで色々な人が申し込んでいた買取の申し込みを一蹴して、契約の成立を見るように事を運んだのである。話がまとまるようにブローカーの役を務めたのは、今辞めたか知れませぬが、中島商工大臣であります。しかし、これらの人々だけでは、到底買取を求めた人々を一蹴するほどの力があったとは思えない、その背後にはバックがあった、とその人が私に言っているのであります。
[「バックを言え」「はっきり言え」と言うものあり]
今、我が国の社会状勢は非常なる不安に包まれております、ある人はこれを非常時と言い、ある人は革命の雰囲気に一歩を進めつつあると称するのであります。この不安なる状態において、社会の民心を正し、綱紀を維持して、来たらんとする国際関係の悪化、これらに備えるためには、検事が世の中の隅々にまで観察を致さなければならぬ。雑誌に新聞に問題のことが載って相当の日数が経過しているのに、司法当局は何らの捜査・検挙の手段を尽くしていないのは何ぞ怠慢なるやと、私は言わざるを得ないのであります。…
これに対して政府委員・銀行局長の大久保偵次はこう返答します。
…台湾銀行の人絹株売却は台湾銀行法第11条に該当しますが、株の売却について、別段法律上制限はございません。
[「法律上のことを聞いているのではない」と言うものあり]
台湾銀行調査会が昭和2年にたてた方針には、巨額の債務を速やかに返済すること、そのために株式をなるべく早く資金化すること、そうして債務に返済に充てること、こういうことが必要だと述べられておりまして、この方針に基づいて台湾銀行は進んでいるのであります。
[「安く売れと誰が言った」などと発言する者多し]
監督官庁としては、認可が必要な事項ではありませんから、これは台湾銀行が判断すべきことであります。
[「ノーノー」]
売却の時期についてはもちろん時期・方法を選ぶ必要がある事は当然でありまして、銀行は慎重に考慮を重ねていたのでございます。株価は今日になっては騰貴しておりますが、株価と人絹の価格は密接な関係になっておりまして、当時はだいぶ波乱を見せていたのであります。売買前、株価は最高159円で、糸値は200円以上になっていました。しかし、国際連盟脱退など色々な波乱がありまして、糸値は非常な変化を示し、200円を割り、150円を割り、さらに100円を割って95円という所まで下りました。それに伴って株価も段々に下がって104円という数字を示しました。昨年3月にはインドの問題、アメリカの金融恐慌もあって、財界の前途については誰も見当が付きませんでした。4月に入って、ようやく株価、糸値も持ち直したので、この時期を見計らって売却をしよう、という事になりました。その頃、株価は110円~112円となっていましたから、これを120円以上で売ろう、となり、結局は125円で売却することになりました。
岡本一巳は再び登壇します。
…ただ今の答弁は、私のお尋ねした点に少しも触れていません。
[「属僚(下級役人)を相手にするな」と言うものあり]
属僚相手に話しても何にもならぬかもしれませんが、人絹株売却後、新たに帝人の重役となった人物、台湾銀行にいて、売却手続き後に帝人の重役となった人物、この人と大久保銀行局長は兄弟の関係にあるのです。
さて、答弁のことでございますが、契約の当事者について一言も触れられておらぬ。なるほど属僚が大臣の名前をここに出すことはできないでありましょう。私は暴露いたします、某大臣が昨年の盆に130人に金を配りましたが、あれはどこから出た金か、暮れに130人に配った金はどこからとった金であるか。私は確然たる証拠もなしに発言しない。私はこれらの点について、神聖なる司法権の発動を要求して、それによって国民に明らかにすることが一番良い方法であると考えるものであります。この問題を曖昧にしたまま闇に葬り去れば、将来の我が国の綱紀は絶対に維持できるものではない(拍手)。
これを受けて国会では、2月15日、「岡本一巳君の発言に関する事実調査の件委員会」第1回が開かれ、以後、調査を重ねていくことになります。
2月16日に開かれた第2回では、武富済委員が、次のように熱弁をふるいました。
…岡本君は、なんぼ何でも全く事実無根の事を、議会壇上において天下に発表するということは、気違いか、馬鹿でなければできぬ所行であるように考えられますので、…そのような事実があったと確信すべき事情があるのかも分からぬと見なければならぬ。…岡本君が投げた一石というものは、非常な波紋を政界に及ぼしたのでありまして、事実をあくまでも明瞭にしなければならぬ…のでありまして、国民の議会政治に対する信頼というものが、やや回復の曙光を見ている好ましき今日において、…我が議会の全体の威信と品格というものを保持する上から、徹底的に取り調べをいたしまして、事実の真相をつかんで、これを天下に闡明するにあらざれば、この査問委員会の所期の目的は達成せられぬことが明瞭でありますから、委員はもちろん委員長におきましても、その根本的態度をお取りください…。
3月3日の衆議院では、調査委員会の委員長の島田俊雄(政友会)から、その調査の結果が次のように報告されました。
六高会(第六高等学校出身の会)の人々の活動関係の図解を提供した人として、指摘された窪井義道君は、六高会の人々の姓名について言ったことがあるけれども、図解を示して、これについて説明を加えたことは無い、むしろ岡本君の話したことを聞きながら書いたものを、岡本君に手渡したに過ぎないと述べられ、岡本君の発言の取り消しを要求しております。また、森田政義君は、某大臣より130人とかに分配する金を預かって、これを分配するという事を話したと指摘されましたが、森田政義君はそのようなことは絶対に無いと言明されました。調査を終えて、政友会・民政党・国民同盟それぞれから報告の案文の提出がありました。
<政友会案>(与党多数派)
一、台湾銀行所有株式(帝国人絹株式会社株券)の処分に関し議員林讓治、米田規矩馬両君が関与したりとの事実根拠なし
一、前項の処分に関し三土鉄相、鳩山文相が斡旋尽力を為したりと認むべき事実根拠なし
一、某大臣が130人とかに金錢を贈与したりとの件は其の事実根拠なし…(以下略)
<民政党案>(与党少数派)
一 文部大臣秘書官林譲治君、鉄道大臣秘書官米田規矩馬君、文部大臣鳩山一郎君及鉄道大臣三土忠造君が昭和8年6月中台湾銀行持株の売却処分に干与し不正の行為ありとの事実は本委員会に於て審議不尽の余儀なきに至りたる為其の有無不明なり
二 文部大臣鳩山一郎君が昭和8年中130名に対し不正の金円を分配したりとの事実は之を認め難し…(以下略)
<国民同盟案>(親軍部政党)
2月8日并15日の本院本会議に於ける議員岡本一巳君の演說中に顕われたる事実は本調査委員会の経過に依り概ね其の事実存在したるものと認むべく議員の職責に鑑み当然の発言なりと認む
委員会ではこの3つの案について採決を取り、まず、国民同盟案は少数を以て否決と相成りました。続いて民政党案、これも少数を以て否決されました。最後に政友会案、これは多数を以て可決した次第です。…
これに対し、杉山元治郎(社会大衆党)が次のように質問を行いました。
…今の報告で、3つの案が示されましたが、かくの如く見解が非常に違うというのは、いったいあり得る事かどうか、私は非常に不思議に考えるのであります。政友会の案は、すべてを事実根拠なしと断定し、民政党案は、審理を十分尽くすことができず真実かどうか不明であるとし、国民同盟の案は、むしろその事実が存在したと考えるのが妥当でないかと言っております。この事実を総合するに、どうも疑いはあるのではないか、そういう気分が致します。今日の議場において、政友会の方々が多数でございますから、委員会において政友会案が可決されましたように、本議場においても、この案が可決に相成るであろうと信じまするが、
[「それが立憲政治だ」と言う者あり]
私がお伺いしたいのは、議場ではそういうように可決されても、今日の都下の各新聞の社説を拝見すると、どうも網紀の問題が取沙汰され、政党と財閥の関係について疑いを十分持っているようであるというのは、私が申すまでもなく、皆さんは御承知のことだと思いますが、私はこの政友会の案で決定になった時に、新聞の社說世論が示しているように、どうもまだ政党というものと、財閥というものが何等かの関係があり、網紀において臭い所があり、まだ政党の浄化は難しいというような世論を、国民の心持に起こしはしないかと、こういうことをお伺いしたいのであります。…
これに対し、島田俊雄は、
…私は委員会における議事の経過結果を報告したまでで、私の意見を述べたわけではありませんから、答弁の必要はありませぬ(拍手)。…
と答え、質問に返答しませんでした。
この後、民政党・国民同盟から、次の修正案が出されました。
<民政党修正案>
一 文部大臣秘書官林讓治君、鉄道大臣秘書官米田規矩馬君、文部大臣鳩山一郎君及鉄道大臣三土忠造君が昭和8年6月中台湾银行持株の売却処分に干与し不正の行為ありとの事実は本委員会に於て審議不尽の余儀なきに至りたる為其の有無不明なり
二 文部大臣鳩山一郎君ガ昭和8年中130名に対し不正の金円を分配したりとの事実は之を認め難し
まったくいっしょですね😓
<国民同盟修正案>
2月8日并15日の本院本会議に於ける議員岡本一巳君の演說中に顕われたる事実は本調査委員会の経過に依り概ね其の事実存在したるものと認むべく議員の職責に鑑み当然の発言なりと認む
こちらも一切修正されていません😓
これに対し、政友会案に賛同する浜田国松(政友会)は、次のように述べました。
…岡本君の演說の根拠はすべて伝聞証拠を主にしておられる。風の吹く音、この風が南から吹いて来るか、西から吹いて来るか、風の吹きはじめる方角が分からず、どの程度の風かも分からぬ風が耳を打てば、直ちに是が真実であると言う。是は此の法廷におきましても[笑声]、議会内においても、判断をするについて論理に外れた、真理に外れた判断というものは為すべきものではない。どこでも物の判斷の原則というものは、だいたい決まっているのである。この壇上は憲法の保障によって、議員の言論は責任を負わずとの理由によりまして、何事も自由に発言し得るのですが、しかしながら我々がこの憲法の大特權を有している反面、議員の壇上において述べる言葉というものは、一言一句といえども、ことごとく政治上、道德上の大責任を負わなければならぬ[拍手]。一面に言論の自由を振りまわすが、一面において自己の言論について責任を感じないというならば、是は言論の斬捨御免ではないか[拍手]。―・二の新聞紙の伝える所によれば、近頃政党政治を排撃せんと欲する所のある政治主義を持っている一部の人々は、政党主義を破壊せんには先ず有力なる政党員を葬るべし、人を射んと欲すれば先ず馬を射よ、有力なる政党員を葬るには、手段方法を選ばずしてこれを実行しようという一種の暴露戦術、一種の宣伝戦、これらのものが政界の一部に行なわれつつあるという記事を掲載致しております。いかに政党政治排擊論者といえども、衆議院の壇上に籍って毒ガスを放射するほどの悪辣な行動をとらるるとは諸君はまさかあるまいと私は信じまするが、天下の新聞紙の一部は、斯様に情報をもたらしております。私は岡本君ほどは人の不名誉、迷惑になることをこの壇上で放言する勇気を持たない者であります。故にこの程度で推測をとどめることが穏当であると信じて、これ以上の推測は述べませぬ。…
岡本一巳が帝人事件を取り上げたのは政党政治排撃論者と手を組んで、政党政治に打撃を与えるためではないか、というのですね。
政党政治排撃論者、というのは、おそらく軍部独裁政権を目論む者たちのことでしょう。
親軍部政党の国民同盟が帝人事件を否定せず、これを積極的に肯定していることからも、そのことがわかります。
一方で、民政党が与党でありながら帝人事件について一部認めるような案を出しているのは、与党多数派である政友会に打撃を与えることで、与党多数派の座を奪おうとしたためでしょうか。
岡本一巳が首謀者と挙げた政治家の面々が、政友会だらけで民政党の者は入っていないことからもそれをうかがうことができます。
政党政治家は軍部に対して共闘して戦わなければいけない状態であったのに、お互いに足を引っ張りあっていたことがわかります😓
そして、各党案の採決に移ります。
まず、国民同盟案が賛成少数で否決。
続いて、民政党案も賛成少数で否決。
そして、政友改案の採決に移りますが、この際、国民同盟の清瀬一郎は無記名投票を提案したものの、これは賛成少数で否決されます。
政友会としては、無記名にすることで、寝返りが出るのを防ぎたかったのでしょう。
しかし、無記名にしないというのは、世間からやっぱり実際はあったんじゃないかと疑われる結果を生むだけだと思うのですが…。
こうして採決は記名投票で実施され、賛成206、反対120で可決されることになりました。
議会では帝人事件は「無かった」ということになったのですが、事件はこれで収まることはありませんでした…。
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