今回はいったん話を止めて、
福井の米騒動が起こる8月13日前の日本の状況を、
福井の新聞である『福井日報』(福井新聞とは別系統の新聞で、現在は廃刊)から
探っていこうと思います!💦
※マンガの後に補足・解説を載せています♪
〇食糧暴動 (『福井日報』 大正7年[1918年]8月15日)
米価は土用(※1)以来の天候良好にして本年の豊穣を予想し得らるるにも拘わらず、また在米の豊富なることを確かめ得らるるにも拘わらず、底抜的に奔騰して一升(※2)の価格50銭台を突破するが如き、とにかくその原因は問題外として前代未聞の高値と言わざるべからず、1日も米なくしては生命を支うること能わざる我々日本人に取りて、しかも中産階級以下の者に取りては斯くの如き法外なる米価の暴騰は、その生活上一大苦痛たるべきは言うまでも無き也、
幾多細民(※3)が日夜営々孜々(※4)として得るところの生活費は、以て一家数口を糊する(※5)能わざるまでの米価騰貴にあたりては、米を与えよ否らざれば死を与えよとの叫びは期せずして下層社会に充溢し、いよいよ忍ぶべからざる結果として今や名古屋・大阪・神戸・京都の大都市を始め、其他の各地に暴動蜂起して米商及び強欲非道の富豪を襲い、竹槍席旗(※6)死を賭して器具を破壊し家屋を火にするなど乱暴狼藉至らざるなく、官憲またこれを鎮撫する能わざるして軍隊の出動を余儀なくさるるもの実に聖代(※7)の恨事と言わざるべからず、
我が福井市は羽二重(※8)の主産地として殊に欧戦(※9)以来機業の好調に伴い、下級民は比較的生計に余裕を存し米価の騰貴に影響を受くもの少なしとまで伝えらるる状態にあるに関せず、一作夕(※10)勃発せる暴動は実に意外とする処にして且つ近来になき一大椿事(※11)たるべし、これをもって察するも米価騰貴に苦しめらるるもの多きを証するに足らん、…(後略)
※1 土用…1918年の場合は7月29日。
※2 一升…1.8ℓ、1.5㎏。当時の家庭では1日3升を食べたという。
一升の40倍が一俵(60㎏)。
※3 細民…下層の人々。貧民。
※4 営々孜々…せっせと精を出して事に励む様子。
※5 口を糊する…まずしいながらもなんとか暮らしていくこと。
※6 竹槍席旗(ちくそうせっき)…百姓一揆で用いた、竹槍と、むしろを竹竿に結びつけて作った旗の事。
※7 聖代…優れた君主(大正天皇)が治める世の中。
※8 羽二重(はぶたえ)…通常は経糸を1本入れるところに、細い糸を2本入れていることから来ている。こうすると、「軽くしなやかで丈夫、つるつるとした滑らかな風合い、艶のある美しい光沢が特徴の生地」(株式会社東野東吉織物のホームページより。わかりやすい図も載っています♪)となる。
福井は1903年に絹織物生産量が京都・群馬を抜いて全国1位に、
最盛期(大正時代前半)には、日本の絹織物輸出量の60%を占めていました。
※9 欧戦…1914年7月~1918年11月にかけてヨーロッパで起こった第一次世界大戦のこと。
※10 8月13日のこと。
※11 椿事…思いがけない大事件。
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