社会って面白い!!~マンガでわかる地理・歴史・政治・経済~: 明治時代初期に起きた「ウサギ☆フィーバー」

2022年12月7日水曜日

明治時代初期に起きた「ウサギ☆フィーバー」

 明治時代というのは、開国して明治維新が起きた頃で、

人々の生活が大きく変わったために面白いこともたくさん起きた時代ですね(;^_^A

今回は、明治時代初期に起きた、「ウサギ☆フィーバー」について取り上げてみようと思います!!😆

※マンガの後に補足・解説を載せています♪


〇明治時代の「ウサギバブル」

開国した日本は、外国人との交流の機会が増えていきますが、

その中で、もたらされたのがカイウサギ(イエウサギ)です。

それまでの日本には、ノウサギしかいませんでした。

カイウサギは冬だけ白色になり、ふだんは茶色のノウサギとは違い、

様々な毛色(褐色や灰色、黒、白、茶色)が存在し、模様も個体ごとに様々です。

明治4年(1871年)になって、物珍しさからカイウサギを買う人が急増し、それに伴って値段もぐんぐん上がっていきました。

値段が上がっていくとなると、ウサギで一儲けしようとたくらむ人が出てきます(;^_^A

明治5年(1872年)10月ごろより、「兎会」と呼ばれるウサギの品評会・競り市が各地の待合茶屋(待ち合わせや会合のために場所を貸し出す店)などで始まるようになり、

それは日を追うごとに盛んになっていきました。

「兎会」は、「種々の兎をあつめ高価を争い毛色を競」ったものだったそうです。

明治6年(1873年)1月頃、兎の番付なる物まで作られ、

東西の大関(横綱制度が相撲で始まったのは明治23年[1890年]から)は、

石丸某・若松某の所有していた「更紗」と呼ばれる模様のあるウサギで、

大金を出して外国人から買ったものであったそうです(◎_◎;)

興行主はその「更紗」をそれぞれ「芦沢大耳」「秋元垂耳」と名付けたそうで、

「最も異形なる品」であったようですから、耳の形がすごかったんでしょう💦

「芦沢」「秋元」は飼い主の住むところの地名でしょうか?

「芦沢」は山形・新潟・福島・山梨・長野にある地名だそうで、

「秋元」は富山・埼玉・京都・千葉にある地名だそうなので、

おそらく「芦沢」が東の大関、「秋元」が西の大関だったんでしょう(゜-゜)

明治6年(1873年)1月には、ウサギバブルの行き過ぎを懸念した政府が、

「謂われなく格別の高価を以て売買」するのは「破産の本」なので、

以後は「きっと相止めさせ申すべく候」と、「兎会」の禁止を打ち出します。

その政府の命令を伝えた新聞には、

「ああ無用の品物を以て家産を破り、東京子の気骨などと誇るは笑うべきことならずや」と手厳しく批判しています。

ウサギの事を「無用の品物」と断じていますが(ヒドイ)(;^_^A

明治6年(1873年)4月19日の『東京日日』にも、

「兎は玩物中にも別段伎芸これなき頑物に候処、かくのごとき高価に相成り候謂われはこれなき筈に候、一時価値沸騰致し候は、まったく奸商の所為に出で候事必定に御座候。」とか、「無益の獣類」などと書かれてしまっています。

番犬になる犬、ネズミを食べる猫などと違い、芸も覚えず役に立たないウサギの値段が沸騰しているのはおかしい、とヒドイ書かれようです( ;∀;)

新聞には政府のお達し以後、「兎会」は落ち着きつつある、と書いていますが、

「ウサギバブル」はまだ衰えていなかったようで、

明治6年(1873年)4月19日の『東京日日』には、

「過日兎集会の儀御制禁仰出され候えども、売買はますます流行仕り候」とあります💦

翌月の2月には、ウサギを薬汁で柿色に染めて2円(現在でいうと4万円ほどの価値)で販売した男が逮捕される事件が起こります。

(男はもちろん2円没収されただけでなく、杖で60回たたかれ、60日間刑務所で働かされることになりました)

明治6年12月14日の『郵便報知』にも、

「はなはだしきに至りては西洋絵具を以て毛を粉(いろど)り、

これを異り種と号して、僻遠の人に売却」した、ということが書かれているので、

色を染めてレアなウサギだということにして大金をせしめているものがいた様子がわかります💦

でもひっかかっちゃうんですねぇ…。

『郵便報知』にも「奸商私に価を騰貴し、蒙昧の者をして策中に陥しめ」(不正な手段で利益を得る商人が、値段を釣り上げて、知識が不十分な人を罠にかけている)…とあるので、

外国にはそんなウサギがいるんだ、レアだ、これを買って別の人により高く売ろう、と考える人がいたのでしょう💦

明治6年(1873年)4月には、ウサギをめぐり次の2つの事件が起きました。

①四ツ谷(東京都新宿区)周辺で、ある男が持っていたウサギを150円(今の300万!!😱)で買おうという男がいたが、ウサギの持ち主の父は200円(400万円)じゃないと売らん、と言って売らなかったら、ウサギはその晩に死んでしまった。息子はなんでウサギを売らんかったんだ、と立腹して、父親を庭へ突き倒したところ、父親の眉間が庭の飛石にあたって死んでしまった。

②神田新石町(東京都千代田区)のある店の主人が、店の者と協力してウサギの売買で大金を得ていたが、いつまでたっても利益を店の者に分配しようとしないので、店の者は怒り、主人が留守の間に店にある74円(148万円)を奪おうとしたところ、主人の妻に気づかれ、絞め殺そうとしたが、大きい声を出したので、あわてて拳を主人の妻の口の中に突っ込み、その歯4つを折った。主人の妻の大声に、近所の者が集まってきて、男は取り押さえられた。

上の2つの事件はいずれも『新聞雑誌』(明治初期の東京の新聞。木戸孝允が出資していた)に載っています。

他にも、ウサギを買うお金欲しさに娘を売る者までいたそうです(◎_◎;)

まさにウサギ狂騒曲…(;'∀')危険な状態になっていますね💦

明治6年(1873年)4月19日の『東京日日』にも、

「近来兎売買の儀ますます盛大に相成り、これがため人心狂の如く従来の産業を捨て置き候ように相成り、…」とあり、

まさに「人心狂の如」き状態でした(◎_◎;)

バブルの時も、普通に働くのがばからしくなったそうですね…。

ウサギの値段の上昇は天井知らずで、

西紺屋町(東京都中央区)に住む亀山亀吉という者の政府への建言書中には、

外国のウサギは、肉として食べるときは、ノウサギと同じように25銭(現在でいうと500円)ですむのに、ペットにすると、ノウサギと違い、300円(現在の600万円)から500円(現在の1000万円)で売買されるようになる…と書かれています。

明治5年(1872年)6月の『日要新聞』には、両耳の毛が黄色いウサギが600円(現在の1200万円)で売買された、という記事もあります。

明治6年(1873年)4月19日の『東京日日』は、外国産のウサギが売れまくる状態に、こう苦言を呈しました。

「外国人数千の兎買込み入港致し候…国内人民売買の儀は彼を益し、これを損じ候迄に候えども、無益の獣類にてその利外国に移し候はなはだ残念の至りに存じ奉り候」「遠からざる内、産を失い、業を破り、その禍蔓延し測るべからず。外国の嗤を招き国体を辱しむるにも立至るべしと苦慮仕り候」

日本の富が外国に流れていくことと、投機に熱中して日本の産業が衰退していくことを憂えているわけです。

そこで『東京日日』は、次のように提案をします。

「爾来人民自由の権を以て売買致し候に付ては、差止め申すべき理これなしと申す者これあるべく候えども、野蛮無智の民並びに小児等は、利害得失を弁えざる者に付き、これが上たるもの裁抑禁止を加え保護致し候儀承知仕り候。無益の兎売買致し候は、いわゆる野蛮小児に異ならず」

…売買は人民の自由に任されているので抑えつけるのは道理に反しているが、

知識がない人や子どもは、損得が理解できていないので、

政府がウサギの売買を制限して、彼らを守ってやるべきだ。

無益の兎を売買するようなやつは、悪ガキと変わらないのだから…。

そこで政府は、次の作戦に出ます。

①ウサギを売買したものは、区役所へ所有しているウサギの数の増減を報告すること。

②ウサギ一羽につき、月々1円(現在の2万円)の税金を納めること。

③無届でウサギを持っているものは、一羽につき2円を払うことになる。

④ウサギの競り市はこれまで通り一切行ってはならない。

この「ウサギ税」作戦は効果てきめんで、

明治6年(1873年)12月の『新聞雑誌』には、

「税金に驚きて打殺すもあり、川々へ流し棄てるもあり、なお陰に床下に匿すもあり。なかんずく狡猾人は直ちに諸方田舎に走り行きて痴漢[※バカな男の事。変態の事ではない]を誑(あざむ)き売るもあり、その狼狽実に心地よきに堪えず。」

…とあり、ウサギは次々と放棄されていきました。

その結果、明治6年12月18日の『郵便報知』によれば、

ウサギの価値は一羽3~5銭(現在の600~1000円)まで暴落したそうです。

こうして空前の「ウサギバブル」はあっけなく終わったのですが、

明治6年(1873年)12月の『新聞雑誌』にあるように、

「ただ憐れむべきは昨日数百金の声価を保ちて美麗なる籠に入り、

今日たちまち打殺流棄の惨を蒙る、兎の心果たして如何ぞや」

…哀れを極めたのは罪もないウサギたちだったのです😢

ウサギ税は明治12年(1879年)に廃止され、

「家兎鑑」などのウサギ本が出版されるなど、

少しウサギ人気は復活の兆しを見せたのですが、昔のようなバブルが起きることはありませんでした。

一方、明治中期以降は、貧しい農家の副業として、

ウサギを食肉用・毛皮用として飼育されるようになっていきます。

軍人の防寒着としてもウサギの毛皮は使われるようになり、

ウサギの飼育は増加し、太平洋戦争中には日本のアンゴラウサギの飼育頭数は

世界一になったそうです。

ウサギはバブルが終わっても日本人に必要とされ続けたわけですね。

でもやっぱり投機のために実体のある物を買うのはよくありませんね…(;^_^A

転売がそうですけど、迷惑する人(物)が出てきますから…。。

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