信長は他人を何と呼んでいたのか。
『戦国無双』シリーズでは、織田信長は1000人を撃破した際に「うぬこそ、古今無双の武士であろう!」とほめてくれるように、他人を「うぬ」と呼んでいます。
『へうげもの』では、「お前」と呼んでいます。
大河ドラマの『麒麟がくる』でも「お前」でした。
では、実際はどうだったのか。
知る手がかりとなるのが、フロイス『日本史』と『日葡辞書』の2つになります。
※マンガの後に補足・解説を載せています♪
●信長は他人を何と呼んでいたか
フロイスの書簡によれば、日乗はフロイスが信長に会いに行った(後述)前日に、信長のもとを訪れ、信長に宣教師たちを都、そして畿内の国々から追放するようにと訴えています。
その理由は、「彼らが滞在していたところは、みな反乱が起き、破壊されてしまっている」というものでした。
これに対し、信長は笑いながら次のように答えたといいます。「お前の心が狭いことに驚いた!私と公方様は彼らに都だけでなく、どこの国に住んでもよいとの特許を与えている」
この部分について、中公文庫版『完訳フロイス日本史』は、「信長はほとんどすべての人を「貴様」と呼んだ」…「予は貴様が小胆なるに驚き入る」…と訳していますが、原文を見ると、「Nobunaga, que quazi a todos fallava por tu」と書かれており、これは、「信長は、ほとんど全ての者を「tu」と呼んでいた」という意味になります。
「tu」(トゥ)とは何か?
これは英語でいう「you」に相当する言葉です。
しかし、ポルトガル語では英語の「you」に相当する語が2つあります。
「tu」と、「voce」です。
この違いは何かというと、「MEGA★BRASIL」のサイトによれば、
「voce」は非常に丁寧な言葉で、「貴殿」などという意味があり、
「tu」と呼ばれたくないポルトガル貴族などが使うように(使わせるように)なった言葉なのだそうです。
一方の「tu」ですが、現在のポルトガルでは「tu」は、「家族や子供、幼馴染に対してのみ使用される二人称であり、それ以外の人に使用することは失礼に当たると考えられています」とのことで、「tu」は対等だと思っている相手…目下に思っている相手…非常に親密な相手…つまり、敬意を必要としない相手に対して使われる語であるようです。
「FRAZOU」のサイトでは、フランス語でも「tu」と(voce)に相当する「vous」の2語があり、「①立場の上の人には「vous」を使えば間違いない」「②立場の上の人から「tuで話そう」と提案されたら「tu」を使う。「tu」を提案されたにもかかわらず「vous」を使い続けていると、相手は年寄り扱いされている・距離を感じる、と感じてしまい「vous」で話すことが逆効果になってしまいます」と書かれています。
ここからも、「tu」は親密さを表す言葉かもしれないが、礼儀は欠く、という言葉であることがわかります。
では、「貴様」はそれに当てはまるのでしょうか?
「貴様」は、明治時代に作られた国語辞書である『言海』には、次のように書かれています。
「元来、敬称なるが、今は、多く、下輩に用いる」
昔は敬意を持った二人称であったが、今はそうではない、ということがわかります。
敬意を持った二人称であれば、「tu」ではなく「voce」が適当であるので、「貴様」は「tu」の訳として適当ではない、ということになるのですが、「貴様」が敬意を持った二人称として使われていた時期はいつになるのか?というのが問題です。
そこで、戦国時代の香りを色濃く残す、1603年に作られた『日葡辞書』で確認してみようと思います。
…
…
!?
なんと、「貴様」の項目がありません!
どうやら、「貴様」は江戸時代以後に用いられた言葉であるようです。
…ということは、「貴様」は今回の場合の訳として、適当ではない、ということになります(当時使用されていない言葉であるため)。
それでは、「貴様」が正しくないのであれば、なんと訳するのが正確なのでしょうか。
『日葡辞書』から、二人称の語句を拾ってみました。
①「貴公」(Qico)…貴き公。あなた、貴下、貴殿など。文書語。
②「貴殿」(Qiden)…貴き殿。あなた、貴下、貴公など。
③「貴辺」(Qifen)…貴殿。
④「貴方」(Qifo)…貴き方。貴辺に同じ。
⑤「そなた」(Sonata)…あなた。あるいは、貴殿。
⑥「その方」(Sonofo)…あなた。または、そちら。
⑦「お主」(Vonuxi)…Sonataに同じ。あなた。同等の人と話すのに用いる。
⑧「汝」(Nangi)…お前。文書語。
⑨「そち」(Sochi)…お前。身分の低い者に向かって言う。
⑩「主」(Nuxi)…身分の低い者に対して言う語で、お前、そなた、の意。
⑪「おのれ」(Vonore)…おまえ。下賤な者と話すのに用いる。
⑫「こいつ」(Coitcu)…Conomono(なぜか『日葡辞書』にこの項目が無い)に同じ。卑しめて言う語で、この者の意。
⑬「我」(Vare)…私。または、おまえ。本来の正しい言い方ではないが、下賤な者と話したり、人を軽しめたりするときに用いる。
⑭「奴」(Yatcu)…あいつ。いくらか軽蔑の念をもって言う語。やつばら。やつめ。
びっくりしたのは、「うぬ(汝)」の項目も無く、「お前」の項目も無い、ということでした。
信長は「うぬ」のイメージがあったんですが…💦
さて、「tu」に適した語の事です。
敬意が含まれているならば「voce」になるので、①~⑤は適当ではありません。
…となると、⑥~⑭にしぼられるのですが、⑧は口語ではなく、⑪~⑭は侮蔑語なので、さすがにこれは使わないだろうという事で、これらも候補から外れることになると思います。
残りの中で、⑦は同等の相手、⑨・⑩は目下の相手、と使い方が限られている語になりますので、一番適当な語になるのは「その方」になるかな、と思います。
「その方」は同等の相手・目下の相手、どちらにも使用されていたので、「tu」の訳としてはまさに適した言葉であるといえるでしょう。
ですので、「信長はほとんどすべての人を「貴様」と呼んだ」…「予は貴様が小胆なるに驚き入る」は、
「信長はほとんどすべての人を「その方」と呼んだ」…「予はその方が小胆なるに驚き入る」とするべきなのでしょう。
ちなみに、一人称で「予」を使用していますが、この読み方は「よ」ではありません。
『日葡辞書』には「余(予)」(YO)は「私。文書語」とあり、口語ではないので、これは適当ではないからです。
正しい読み方は、どうやら「われ」であるようです。
「我」(Vare)…私。(『言海』では「われ…我・吾・余・予」とある)
信長の一人称としてこれは適当なのか、『日葡辞書』に載っている残りの一人称も見てみましょう。
「私」(Vatacuxi)…私。vye,Vatacuxi主君と臣下と。または、主君と私と。
「拙者」(Xexxa)…拙い者。すなわち我。私。自分を謙遜して言う。
「某」(Soregaxi)…私。一般に、重々しくて、敬われている人の用いる言葉。(『言海』には「夫(それ)が主の約かと云」とある)
「身ども」(Midomo)…私。
「わし」「俺」「僕」は無し。
この中でいうと、「某」を使っている可能性もありますね…。
でも、ここはイメージに近い「われ」が良いのかな、と思います😅
ちなみに、調べている中で知った『Fate/Grand Order』というゲームに登場する信長は、一人称…俺(織田吉法師)・わし(織田信長)・我(魔王信長)
二人称…そなた/その方(共通)・お前(織田吉法師)・貴様(織田信長、魔王信長)だそうです。けっこう正確ですね(◎_◎;)
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