※マンガの後に補足・解説を載せています♪
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棄捐令で幕府は札差窮乏対策として、無利息で金を下付する事、貸金会所から利率10%の低利で金を借りられるようにする事、両方とも20年で返済させる「つもり」である事を伝えていましたが、どれだけの金額を下付するのか等、具体的な内容はまだ伝えていませんでした。
その理由について、9月17日に定信は次のように述べています。
…札差どもが苦しむことになるのは自業自得の事ではあるが、札差どもも「四民之一ツ」であるので、会所に下げ渡した3万両のうち、1万両か2万両を札差どもに下賜し、3年で返済させることにすれば、苦境を切り抜けるのが難しいと言っている者たちも、切り抜けることができるようになるであろう。「最初之厳令(厳しい命令)にて恐怖いたし、死地(窮地)におちいり候処、蘇息(息を吹き返す事)いたし候心に成候わば、必ず会所改正之法永久之基に相成申すべくと存候」。…
後で救済の詳しい内容を伝える二段構えの作戦を取ることで、札差たちは感激して棄捐令の内容を遵守するようになるであろう…というのですね。
しかし気になるのは20年返済と言っていたのが「3年返済」になっていることです。たしかに「つもり」とは言っていましたが、これでは札差たちはより厳しくなった、と感じて逆効果になってしまうのではないでしょうか?それとも無利息で下付する方は3年、利息付きの会所から貸し出す方は20年、と言っているのでしょうか。他の箇所を読んでみると、「2万両を下付するとしても、残る1万両は会所に下付し、その上3年の間は、1年に6千両ほどは納められてくるのだから、会所の金銭的な余裕になるだろう」とあるので、どうやら無利息の方を3年返済と考えていたことがわかります。
これに対し奉行たちは23日に次のように返答しました。
…下付金を返済させるとのことですが、返納が滞る者がいれば、連帯責任で他の札差が分担して返済しなければならなくなるので、暮らし向きが苦しい札差には下付金を分割して渡さなくなる恐れがあります。そこで、1万両は暮らし向きが悪い札差に限定して下付する事とし、返済も不要とするのはいかがでしょうか。また、会所から借りたお金で蔵宿どもが武家に貸し出す分については、利率は12%でありますが、1%は会所の諸経費用として納め、3%分は蔵宿どもの世話料とし、5%分は下付金の元金の20年返済費として納め、3%分は会所の貸出資金とするのはいかがでしょうか。…
これに対し定信は次のように返答しました。
…1万両を返済不要とするのは「御憐憫に過候」。先に出した内容とも齟齬が生じるので、1万両は10年の間返納は不要で、10年が過ぎてから、20年で返済させることとするのはどうだろうか。また、札差の武家への貸金の利率12%のうち、会所の貸出資金に充てる3%分も、5年は札差の取り分とし、その後は会所に納めさせることにするのはどうだろうか…
定信がだいぶ譲歩したことがわかります。
結局、この定信案の通りに札差たちに申し渡すことになります。
幕府は24日に惣札差・町役人を呼び集め、次のように言い渡しました。
…その方らは、代行受取手数料・米売却料で少なくない利益を得ているうえに、金を貸し、その利息を得、加えて近年米価も高騰していたので、商売に専念し、身を慎んでおれば、裕福であれたものを、過度な贅沢をし、商売は手代に任せっぱなしにし、町人の道に背いたので、だんだんと貧窮となり、他所から借りた金でもって金を貸すようになったと聞き及んでいる。この度、棄捐・利下げを命じたことに対し、これまで経営状態が悪かったものはまずます悪くなるので困っている、と言うが、それもこれも普段の心掛けが悪いことに起因しているのである。しかし、その方らが武士の用を引き受けられなくなっては不便なことであるので、2万両を下付する事とした。うち1万両は格別のお恵みで、困窮する蔵宿に下げ渡し、10年の間は返納せずともよく、その翌年から20年で返済すればよいこととする。もう1万両は会所に下付し、勘定御用達や他の町人どもの出資金にこれを加え、その方らが金を借りたいと言えば会所で確認の上これを貸し渡す。この場合、武家へは下付金・出資金共に利率12%で貸し出し、1%分は会所の諸費用として差し出し、3%分は世話料として自身が受け取ればよろしい。残る利息分のうち5%は、元金1万両を20年で返済する分とする。残り3%は元金の利息ということにするが、5年間はその方らが受け取ってよいこととする。また、町人どもの出資金から借りる分については利息は8%ということになったので、そのことを良く心得、組合の内で返済が滞る者がいないかよく調べること。10年返済が滞っている場合は連帯責任として分割して払うこと。以上のお恵みの趣旨を忘れることなく、態度を改め商売に励むようにせよ。…
これを受け、札差たちは慈悲願いを26日に撤回しています。
その後、実際に無利息の1万両が札差に下げ渡されたのは10月7日の事でした。この際に、10年後から500両ずつ、20年で返済するように申し渡しています。
返済については、『札差事略』に、今年の文化13年(1816年)で18年目になるが、9千両返納が済み、あとは2年分が残るのみである、と書かれており、しっかりと返済がなされていたことがわかります。

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