社会って面白い!!~マンガでわかる地理・歴史・政治・経済~: 8月 2026

2026年8月25日火曜日

信長、「難攻不落の城」国吉城(佐柿城)に入る

 ※マンガの後に補足・解説を載せています♪

●若狭入国

こうして一応の防衛体制を築きつつあった朝倉に対し、武藤征伐を名目として、朝倉攻めに向かった信長は、『信長公記』によると、「坂本を打ち越し、その日、和邇(滋賀県大津市)に御陣取。21日、高島の内、田中が城(田中城[滋賀県高島市安曇川町]。「高島七頭」の一つ、田中氏の城。田中吉政はこの一族であるという)に御泊」というルートを進んでいます(『朝倉始末記』には「江州西地ヲ歴テ」、『織田軍記(総見記)』には「西近江地高島郡を御通りあって」とある)。

『言継卿記』には「一条東へ坂本に令下、…今日(20日)鰐迄被行云々」、『多聞院日記』には「去20日信長ワニ・カタダに被陳取了」とあり、坂本→和邇と進んだことはこの2つの史料からも裏付けが取れます。

さて、信長は近江を経て若狭国に入り、『信長公記』によれば22日に熊川に進みますが、先に紹介した4月20日付の細川藤孝・飯川信堅・曾我助乘宛て明智光秀書状に、

…今日の午の刻(昼の12時頃)、熊川に到着いたしました。こちらの様子は変わりありません。武田家の家老(「武田家老中」)が当地までやって参りました。若狭国までやってくる信長を出迎えるためだそうです。

…とあるように、明智光秀が先行して若狭に入っていたことが確認できます。

(この後の部分は公開いたしません<(_ _)>)

2026年8月17日月曜日

「朝倉と浅井の関係とは?~「先年よリ世々を経て、越州朝倉に入魂也」」の2ページ目を更新!

 「歴史」の「戦国・安土桃山時代]の[『織田信長伝』]のところにある、

「朝倉と浅井の関係とは?~「先年よリ世々を経て、越州朝倉に入魂也」」の2ページ目を更新しました!😆

補足・解説も追加しましたので、ぜひ見てみてください!

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